明治30年東京九段で創設され創立130周年を迎える和洋女子大学、創立者、堀越千代先生が盛岡上田組町でご生誕された縁より、正覚寺に顕彰碑が2016年に建立されました。先生は、日本の女子教育を切り拓き、日本に洋裁を普及させた功労者です。

正覚寺は浅田次郎先生の小説、『壬生義士伝』の舞台でもあります。小説では、主人公の吉村貫一郎と妻となるしづが出逢う場所として登場します。小説のモデルである吉村 貫一郎さんは実在の人物であり、本名は嘉村 権太郎といいます。この方は、残念ながら、正覚寺の檀家では無く、菩提寺は盛岡愛宕山にあった天台宗法輪院でした。法輪院は上野寛永寺の直末で、盛岡天台宗寺院の中で最も格が高く、法輪院住職は上野寛永寺に度々往来していました。

しかしながら、盛岡藩は、戊辰戦争では賊軍の汚名を受け、寛永寺は彰義隊による上野戦争での戦場となり、寛永寺とつながりが深い法輪院は、官軍に嫌われ、明治に廃寺になってしまいました。この法輪院阿弥陀如来様が正覚寺のご本尊です。当寺は、幕末の火事で焼失、法輪院からご本尊として阿弥陀如来を請来しました。ですから、実在の嘉村 権太郎さんも、この阿弥陀様に手を合わせたことになります。阿弥陀様も正覚寺が小説の舞台となり、法輪院時代に檀家であった嘉村さんが主人公になる小説が出版されるなど、思いもしなかったのではないか。あるいは、阿弥陀仏の導きか、と思いを巡らしております。